3週間の旅が終わりをむかえる・・・ そんな気持ちです。
その旅は、うれしくもあり苦しくもありました。 ホントに最後なのね・・・と、しみじみ見上げた朝の空は憂いを含み、そして湿気を含み、教会の鐘の音をやさしく響かせていました。この坂の上のそんな空気が今日の仕事の素晴らしい担い手になってくれるとは、私たちのヘロヘロになった頭にはまだピンと来ませんでした。
ましてやこの日が何人かの人にとっては撮影中、最大のピンチにおちいる日になろうとは誰も気づきませんでした。 そして、半分浮き足だった気分で火露見の部屋。そこは坂の中腹にある路地を入ったところにあるひっそりとしたアパートです。猫が草の匂いを嗅いでちょこちょこしていそうなところなのでした。時々聞こえてくるサラサラというマンホールの下の下水の音がいっそうその辺りをさびしくしているのです。
スープ・ド・ポワソン(魚のスープ)というのがあります。 いろんな魚をコトコト煮たスープなのですが、仕込み時間といい、使う他の材料といい、いろいろ手間暇かかる立派なフランス料理です。 一見華やかに見えるフランス料理の一皿にも、そこまでたどり着くためには長い準備の時間と労力が潜んでいます。
その一苦労がフランス料理最大の見せ場だったりするのです。裏舞台だけど。
恋をするのと似ています。相手と愛を交わし合うまで、思いが心の中でうずまくあの感じです。思いは時には沈殿し、再びかきまわされ、ゆっくりゆっくり温められ、アクを取られおいしくなってゆく。
スープは女の料理です。 そして火露見の部屋の中心には、火にかけられた鍋が彼女の心そのものだったりします。彼女はきっと早い時間に魚市場に出掛けたのでしょう。いろいろお魚を探して買い求め、長い急な坂を登って部屋にたどり着き料理に取りかかったはず。 コトコトとスープは濃くなってゆく。それをやさしく見守る。 そのまなざしからも何かがこぼれて鍋の中に落ちてゆく。
そしてこのスープ・ド・ポワソンを実際に再現してくれた女の人に感謝しなければいけません。 鵜野裕美さんといって私の妹です。彼女はフランスで感激した魚のスープを呼び起こしてくれました。ハコダテ近海産の魚が・・・立派なものです。
昨晩はほとんど寝ずスープ番だったそうです。 いい匂いが火露見の部屋をとりまいています。そして彼女はやさしく皿に盛り、そして・・・ よくこんなの作ったねと思うくらい。
小山田サユリの手は小さくかわいらしく、それがいっそうけなげな思いを伝えると思うのです。ソレイユとクルトンとフロマージュをさらに溶け込ませて、くるくるスプーンでかきまわせて。
火露見の部屋終了。 余分に作ってもらったスープは、皆さんの精力剤となりこれからのヤマ場に向かう男たちを送ったのです。 だって女のスープだもの。
じゃあ、男のスープは? ない? え、あるでしょう。でもここじゃ言えない。
なにはともあれ、火露見をがんばってくれた小山田サユリさん、ごくろうさまです。
何かと無理なことをあなたにお願いしたかもしれません。初めてのことばかりだったでしょう。
私は火露見をこの世に立ち現せるのに、あなたの体を使ってしまいました。
けれど「オー・ド・ヴィ」が終わってからも、これからのあなたが演じる何かの役に、そしてあなた自身に少しでも火露見という女の要素がかすかにでも残っているならば、(それはあなたが感じないとしても)私はとてもうれしいです。
さて、朝からの湿気がいよいよ降りてきました。夕方近く。
これから最後、電車が走るのです。この電車は現実ではなく、どこか知らない、しかし知っている所を通らなくてはいけなく、その場所はもしかしたら広い意味での「水」というものの中かもしれなく、だから全てが濡れているのです。
すごい・・・ 本当の雨が降ってきた。 その雨は函館市内をすっぽり包み、ロケ地も私たちもすべて滴まみれにしてくれたのです。 天は「オー・ド・ヴィ」を見捨てなかった。
電車が走るはずの路面は街の光を映し、広げ、さらに飽和させ、温かく私たちを待っていてくれた。 雪じゃなくてよかった。だったら電車は除雪車になってしまう・・・それもいいか。
いろいろあったが、まずPart1。青柳町を走る電車はクリア。
その前に、堂々と道路を横断してくれた猫にコノヤロウと言いたい。
そして一同は本当に最後の最後、松風町へと向かうのでした。
ここがもう・・・・ 涙なしでは語れないでしょう。
長く広い表通りのカーブの向こうに、幻の電車は待機していました。
あとは舞台を仕上げるだけなのですが、広い道路を理想的な状況に仕上げるためには、いろんなことが必要でした。 (酔ったいきおいで)この幻想のような風景の中に、実際迷い込んだことのある美術の小澤さんが恐い顔をして指示を出す。スモークや発煙筒を持った柳沢さん、ツルちゃんが息を切らして駆け抜ける。
ああすごい・・・ あんなにあちこち、いったりきたり・・・。
そんな中、小澤さんが持っている水まきのホースが途中ではちきれて死ぬ。むりやり再生してもそれは以降、何度も息絶える。バカ、こんな大事なときに! そうこうしているうちに煙のたきすぎで松風町は何も見えなくなる。これじゃ・・・・ やっとそれがおさまり、いよいよか、という段階になって一本の電話連絡が電車から入る。
「電車、故障しました」 決してギャグではない。
後から分かったのだが、この時感電死の危機に合っていた人がいたのです。中村助監督。
致死量の電気が体を通ったらしい・・・。本当に彼はそのまま幻想の中に居続けることになったかもしれなく・・・。 両角(モロズミ)君も転倒して顔に大けがをしていたらしい。
けれどこのまま電車が動かなかったらもしかして今夜は、と不安がさっきのスモークの様に皆んなの顔を思いっきり陰りかけた時、再び阿部さんのケータイが呼び鈴のように鳴る。 視線が彼の顔に集中する。誰かと話しながら阿部氏の顔は揺れ、雨で湿った爆発髪のかげから笑い顔がのぞく。 よし、電車復活。さあ行こう。
再び覆った霧の中をゆっくり来る電車。おごそかに。
そしてそれは通り過ぎてゆく・・・。 中村さんを中で感電でピクピクさせたまま。
向こう側で車止めの人がタクシーの運ちゃんといさかいを起こしていたらしい。スモーク隊が息切れで気を失いそうになっている。私たちだって・・・すべての理由で神経が衰弱し、同時に興奮してギリギリになっている。
そんな私たちをやさしく見守って電車は行ってしまった。
10月6日から始まった撮影という短い歴史も行ってしまった。
楽しい日々でした。 つらかったけど。雨がまだ降っている。けど、どこかにも違う雨が降っている。
-------- 終わっちゃった・・・。 さあ、酒でも飲むか・・・。
ホント終わっちゃった・・・ねえ・・・。
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