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eau de vie撮影レポート
■Vol.21■ 10月26日「あやこさん、さようなら。そして、ありがとう」

順三郎と火露見がイカ刺し定食を食べる食堂がある中島廉売という市場は、私が小さい頃土曜日ごとに連れて行かれたという懐かしい場所です。父母が近くの病院で働いていたので、その帰りにお買い物をしたものでした。
だからそこでロケをするということは、前にも書いた大森浜の時の気持ちと同じで、何だか複雑なものなのです。

もりもりと、順三郎と火露見が食欲という生ける者の欲望を取り戻した後、火露見の生理がきちゃったのくだり。中島廉売という濃い買い物場のすぐとなりの電停ということもあり、その辺り一面やる気がありそうでなさそうな商店が一応活気づいている。やっぱり変なところなのです。だからフラフラしてしまい、例えば原稿用紙を買いに入った角の文房具屋さん。「原稿用紙下さい」「何の?」「どんなやつがあるんですか」「百種類ぐらいあるよ」見せて貰えませんか」「面倒くさいからやだ。何が欲しいか言って」その後ようやく選んだ後、ご主人がカタログから値段を探しているのだが、小さくて読めないらしく私が代わりに教えてやった。一冊100円ぐらいにしとけば良かった。
だからこんな界隈にあの2人が迷うように入り込み、さくっとご飯を食べ、ふと別れてゆくというのは切なくなるくらいしっくりしていて、早くスクリーンで見てみたいと思う。

そして状況は一転し砂の上。それもただの砂ではない。これから順三郎が仮死体のようになり、またはね起きて誰かを追いかけて行くという砂の岬なのです。
追いに行くところ・・・・波間。 追われる人・・・・死の国のあやこ。じゃまする人・・・・船の上の火露見。
これだけでも今夜は「オー・ド・ヴィ」の中でも撮影困難度上位に食い込む場面をやるのです。少しドキドキ。
とはいえ、その気持ちをうち消すように夕方の砂の上にウエットスーツを着た監督、上野さん、中村さんがガシガシ超合金のロボットのように歩いている。普段見慣れた人が、ある日突然そんな格好で目の前に現れると、なんだかこっちが照れくさくなってしまう。しかし彼らは撮影のため海に半身を浸して頑張っている。秋の寒い海ですよ。どうかカゼをひかないように。
そして、それ以上にもっと祈りを捧げるべき男が立っている。それは順三郎、岸谷五朗なのです。
彼、順三郎は叫び声をあげなければいけなかった。 愛する者の元に駆け寄る哀れな羊。俗にまみれた自分の皮を自ら剥ぐように、服を捨て去って、生まれたての赤子となって海に飛び込んでゆく。
順三郎の愛情と後悔とタナトス、エロスが瞬間的に爆発するのです。あの波間でもがいていたのは岸谷五朗でもなく、順三郎でもなかった。ひとつの、ひとりの、もしくは限りない人々の精神のかたちのようなものだったのかもしれません。そしてそれは、海の底に沈んでゆくという甘い安らぎの世界から拒絶され、また波に よって砂に打ち上げられる。漂流物にはなりきれず、再び砂の上で息をふきかえし、立ち上がって歩かなければならないけれど。

海から還った岸谷さんの表情は、初めなにもなかった。しかし砂の上を2〜3歩進んで行くうちに、みるみる青い顔をして震えだしたのでした。岸谷さん、ご苦労様・・・。
あやこさんは行ってしまいました。 波間の小舟のゆらぎの中、順三郎にそして私たちに手を振った母、あやこはいつまでもその手を止めることが無かったそうです。ああ、あやこさん。順三郎と私たちは良い子供でしたか? もうあなたに、なにも直接つぐなうことが出来ません。 けれどこれから良く生きてみたいと思います。 どうか見守ってください。
船が向こうの漁港について、そこから陸に上がったのは、今回完璧なあやこ像を私たちに見せてくれた鰐淵晴子さん。 彼女が歩く。あやこが消えてゆく。
今夜であやこは本当に終わりなのです。 鰐淵さんの演技は、最初あやこを創り出した私でさえも、改めてあやこという女について、ひいてはこの世に生きるすべての女、というものについて深く考えさせらたのです。 女とは・・・・?

砂の上に帰ってきて、お疲れさまの花束を受けとった鰐淵さんは本当に美しかった。
大体ですね、夜の月夜の砂浜の上に花束を持つ女性というのも不思議な画で、私はこれが現実なのかと、その時クラクラとしたのです。寒さと寝不足で弱りきった頭には、それは古いスクリーンに映った幻灯機の絵のようで・・・。
なにはともあれ、あやこさん、おつかれさまでした。 あとはまかせて下さい。

そして次、火露見。 かって誰もが体験したことのないようなことをよくぞやってくれました。
カモメのくちばしではなく、人間の口で“それ”をくわえた女。
どんな感触でしたか? それを聞く前に私も一度試してみたいと思います。
そして、彼女とそれについて意見を交わしてみたい。

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