波止場の角を曲がったら、ふと明かりがついた飲み屋の看板が連なり、水を背にして進むと「フィニステール」のネオン。 チカチカ消えかかっている。
まぁ、そんなのはおかまいなしに、フラッと倉庫の入り口を曲がる。
中の一空間の暗がりの向こうに明かりが。 水たまりと水垂れをこえて行こう。いらっしゃい、「フィニステール」ですよ。 足元に気をつけて下さい。
すごい。すごすぎる。「フィニステール」だ。 ほんとに出来た。
今まで何度も店内には行ったことがあるのにかかわらず、これを目の前にしてやっとこの店にたどりついた感じです。 このたたずまいにしてあの酒棚、カウンター、ソファ、そして順三郎、あやこがいる。やっと一つの空間として成り立ったんだ。
それも私が今までに見たことのないもの。見たことがないからどう形容していいかわからない。すごいとかそんなんじゃない。そう、その形容詞だって今まで存在していない言葉になるんだろう。 映画のセットっていつもこうなのですか? ねぇ?
ほんとのようなうその世界。 うそにしては美しすぎる。何度も言いたい。本当にありがとう。
その他、タツタの小部屋。密造酒づくりの隠れ家。私たちは今日、酒造法違反の現場を押さえる。群造の罪は重い。聞けば30年間の違法歴というじゃないか。群造には罪の意識は無いのか? あるわけないか。順ちゃんと同じねぇ。
彼の罪はいつの日か明るみになり、群造は自分の罪を蒸留するのだろう。ここのホントの蒸留機もすばらしかった。 また美術部、装飾部の人たちに感謝する。
現実以上の超現実は、立ち会うものをまどわせる。ここがどこか分からなくなるのです。映画ってそういうことでしょ。だから私たちはそれを好きなんですね。 私だってそこに行きたくて書いたんだから。そして、そこはもうここにある・・・
一体どっちが現実なんだ・・・ 超現実にいくためには、いっぱいいっぱい努力したもの。
さて今日、モニターごしに私は目が覚めるくらい、素敵なシークエンスを見ることができました。鳥肌が立つくらい、心が痛くなるくらい、それはもう・・・。
私、「eau de vie」を書いた時点で、篠原監督という存在を知ってはいたけど、作品は観たことなかったのです。それも本当に失礼なハナシですが。 ごめんなさい。
けれどわかった。 あんな優しく、やわらかい、けれど悲しすぎる演出をするなんて・・・これがシノハラさんなのね・・・ と、ちょっと今さら、感激しました。
あれは・・・ どこの世界にも属さない、人と人のふれ合い。ニホンとかヨーロッパとかアメリカ、アフリカ、南極・・・。 シノハラ星の生ける人々なのです。誰の心の中にも、自分自身にまつわるさまざまな人格をもった人々が住んでいます。 それを篠原さんは役者という道具を使って、その自分の、彼らの、欲望、願い、祈りを持ち込んだような気がします。 彼らに演じさせることで、きっと、篠原さん自身の何かを昇華させるのでしょう。
人間の仕事です。そして、なんていい仕事なんだろう。
そうさせずにいられない・・・そうしたいから、映画ってあるんでしょ。
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