今日は朝、スーツケースの女が浜で死んでいた。 本当にバタバタ死体だらけで、ある日現実にそんな死体に出くわしたとしても「フン、またか」と順三郎のように立ち去るかもしれない。そして、小林沙世子の美術品のようにきれいな裸体の向こう側の岩場の下に潜むムラサキウニをうきうき探しにいこう。
潜むと言えば、あの人たちもそうですね。 もうすっかり篠原組の面々が常連客のようにたむろしている「フィニステール」。その1階奥にもあやしい人たちがいるのです。
いつみても変。だって暗がりでのぞき部屋にいるように、うす明るいモニターをくい入るように見つめている2人と、その背後で夜中に勉強する受験生のようにスタンドの灯りの元、きびしい顔をしている1人。その3人がボソボソ独り言のようにつぶやいて、よどんでいる様子といったら・・・。
受験生のようだと思って近づいたら、それは録音の伊藤氏で、小さなツマミがいっぱいついた大きな機械の前で、ヘッドフォンをつけて「フィニステール」内に上がっている助手に手際よく指示を与えているのを見ていると、そこだけ潜水艦の中のような気になります。きっと、神経集中するんだろうな。頭全体が地獄耳のようだ。
伊藤氏が一定の周波数でささやく言葉はとても詩的である。例えば「風がきこえるんだよ」とか「どこかで何か鳴っている」とか「町内放送が流れているんだ」とか・・・吟遊詩人。
他の2人は上妻氏と宇津野氏である。この2人はいつも寄り添っています。
心電図のような画面のグリーン色が宇津野氏のゆるやかなウェーブの頭髪を染め、上妻さんのechoのパッケージのオレンジがチラチラする中、2人のボソボソが聞こえる。
帽子を深くかぶり眼鏡をかけ白いマスクをしてトランシーバーを持つ上妻氏はどこかの闇諜報部員のようで、爆弾を仕掛けているとかなんとかで、時期的に非常にまずいです。間違って殺されてもしらないよ。
さて、今夜の「フィニステール」には酔っぱらいがひとり、カウンターで大はしゃぎしています。偶然の客、火露見としての小山田サユリが、火露見というキャラクターを越え、なんでもない一人の女として酒に酔って高ぶってる姿はそうそう見ることが出来ないでしょう。
つまり彼女、本当に酔っているんです。だって、酒飲んだんだもの。
けれど酒に酔うということは、普段はしまってあるその人の味が原始的なカタチでさらけだされるということでしょ。あ、というより、さらけだしたいんですよ。ヒトは。
その時、小山田火露見は、彼女自身でわだかまっていたものを自然に外に放出したのでしょう。演技か演技じゃないかはどうでもいいことで、酒に酔うというみそぎを経てたちあらわれたヒトの魂は人類共通する何かがあり、それが幸運なことに「オー・ド・ヴィ」の一シーンとして納められたなんて・・・。
サユリちゃんごめんね。
本当は飲めないカラダなのに。けれどおかげで火露見ははじけたよ。
しかし何といっても、どんな酔っぱらいもいる世の中、こうして真剣に酔う者を愛し、見守る順三郎・岸谷五朗のあたたかな瞳は酒を澄ませる。そして人の心を溶かす。 私にも一杯、と思わずつぶやいた。
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