撮影が始まる。
この物語のきっかけ、そして象徴となる裸の女の死体からのスタートである。
大森浜、この函館山のすそからゆるくカーブを描いて続く砂浜。その理想的な位置に、最初の死体役の藤田舞が寝ころんだ。ああ、なんて素敵な体なんだろう。
白い肌が腰骨を頂点にして、急に、同時におだやかにねじれ、くびれ、おちこんで、それは女の体のフォルムではっきりと浮かび上がる。
ここの砂浜の上で純粋な幼少時代を送った私は、ここを聖域のように感じていたのです。だから美しい存在である裸の女、俗と聖の狭間にいるかのような女のことを砂の上に置いてしまうような幻想、むしろ妄想を抱いたのでした。
そしてそれが映画の1シーンとなって現実化するなんて・・・・
うれしいことには間違いないのですが、少しだけ夢から覚めた後のようななんともいえない気分も味わいました。
砂が大変でした。海の水でならされて、濡れた大理石のようになった砂浜に魂が抜けた肉体がそっと横たわっている・・・ というのが静止した絵画のような私のイメージ。
しかし絵は動く。潮風が吹いて髪の毛が舞い上がり砂がやさしく流動して・・・ 大変よかったです。
幾通りもきついポーズをとってくれた藤田さん、ありがとう。あなたの体は本当にきれいでした。
海の撮影中、篠原監督は何故かとある流木を肌身離さず持っていたのですが、それが妙におかしかった。
ゆるく「く」の字の形のそれを片手に、むずかしい顔をしてのしのしあやしく歩きまわっている姿は、まるで国籍不明の、もしくは動物系の仙人のようなのです。
まずはなごやかに砂の上の仕事は本日終了。
そしていよいよ順三郎、岸谷五朗の登場です。
役柄上ではあるが、背徳のようなものを秘めてフラリと岬の先端に立つ姿はもう、一緒にいる心中女(伊藤聖子)の素晴らしい表情と狂気的なはかなさの雰囲気も手伝って「順ちゃん・・・ あんたはホント悪い人・・・」とつぶやきたくなる位なのでした。
心中女は落ち、順三郎はハッとし、日が暮れ、立待岬終了。その後漁り火、夜景、そして月。
まずは初日のおわり。初日の終わり? なんか変な言葉だ。
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